mastemのブログ

本好きの備忘録( *´艸`)ゆるゆる感想と日常について書いてます

【読書感想文】『夏の裁断/島本理生』

こんにちは、totocco(トトッコ)です(^-^)
今回は今年の下半期初の読了本の感想をゆるゆる書いていきますφ(..)

『夏の裁断/島本理生

夏の裁断 (文春文庫)

夏の裁断 (文春文庫)

◆あらすじ
30歳の千紘は小説家。ある時編集者の柴田と出会い、そこから好意的な態度を取られたり逆に突き放されたり乱暴な言動をされてしまう。
そのギャップに混乱し、次第に追い詰められていく千紘。
彼女は自分に落ち度はないはずなのに、何か自分が悪いことをしたのではと不安になり、余計柴田を求めてしまう…。
恋愛関係ではない、この2人の歪な関係。
そして不安定となった千紘が柴田と再開した際にフォークで彼の手を刺してしまう。
幸い大袈裟になることなかったが、千紘はしばらく仕事を休むことに。
そんな時に母から祖父の家の整理を手伝うように言われ、鎌倉の祖父の家へと向かいました。

◆感想
○タイトルの意味
まずはこの本のタイトルについて。
タイトルだけだとお裁縫の話なのかなと思いますよね。
しかし実際は、千紘の祖父が遺した多くの本を裁断してスキャナーにかけてデータ化していく作業のこと。
ちなみにこの作業のことを、自炊というらしいです。
自炊ってごはんを自分で作る以外にも意味があったんですね!


○編集者柴田について
千紘に対してまるで付き合ってるような親密な行動を取り、千紘が甘えようとしたところで急に突き放す。
作中の彼の言動は全く理解できなかった。

一体なぜこんな不可解な言動を繰り返すのか…。
何が一体目的なのか…と。
しかし教授の「理由がない」んだという説明に納得しました。
そう、柴田は理由なく相手をコントロールし傷つけて不安定にさせる。
時々気が向けばまたすり寄ってくる。
面白いのが柴田は、千紘(それ以外のこれまでの女性に対しても)をコントロールしているようで実際は女性に依存してただけ。
小説内ではなぜ柴田がこんな言動をするのかのきっかけが描かれてないが、彼も恐らくトラウマを抱えているのだろう。

○猪俣くんについて
まっすぐすぎるほど(時にストーカーみたいだけど)千紘に愛情を注いでいる。
しかしそのまっすぐさを千紘は弄んでいるように感じる。
まるで自分が柴田にされていることを再現するように…。

それを特に表してるのが、千紘が猪俣くんがデザインした表紙の本を裁断にかけるシーン。
これは千紘の甘えや試し行動なんだろう。

千紘は自分が周りの人物たちから守られることもなく、傷つけられてきた。
それを無意識に(あるいは少しは自覚があったのかも…)再現しているのだろう。
千紘をみたら、被害者は加害者にもなりうるんだなぁと感じた。

○千紘の両親
千紘と両親の関係はあまり上手くいってないのが所々にちりばめられている。
愛情を感じさせない、どこか余所余所しい態度の母。
自分を子どもとして愛情深い目でみるのではなく、女性蔑視の発言をする父。
スナックを営む母は、生活のために精一杯で千紘が性暴力に遭ったことに対してお前が悪いと守ってくれず…。

性犯罪に遭った時、ショックを緩和させるためにこれは何でもないことだとか、自分から望んでしたんだと思い込んで何でもなかったように装うことがあると思う。
そうしないと心が耐えられないから。
しかしその傷はずっと塞がらず、大人になっても千紘に暗い影を落としていたんだと思った。


○大学教授の言葉
大学教授との会話によって少しずつ救われていく千紘。
もちろん劇的にパッと変わるわけではない。
少しずつ自分の言動(ここまで柴田に対して我慢や自己肯定感を削られるような仕打ち、何か悪いことをしたのではないかという自責の念)は、無駄ではなかった。
何か意味があるのだと思いたかった。

でも薄々はこんなことは無駄だと気づいてもいた。
それを直視するのが怖かったのだと思う。
だから教授の意味はないっていう発言は受け入れがたいものだったのだろう。

後半にも彼女は教授と会うことに。
そこで彼女は過去の出来事を話した。
これに対し教授は、周囲の大人が守ってくれなかったことは大人が悪いのであり、あなたは悪くないと言う。
そして自分の身を守ることを教えてくれた。
印象的だった教授の言葉をばっ粋。

「誰にも自分を明け渡さないこと。選別されたり否定される感覚を抱かせる相手は、あなたにとって対当じゃない。自分にとって心地のよいものだけを掴むこと」(P.117)

身近にこういう人が1人いるだけで、大きく救われる。
ゆっくりと千紘に光が差したと思った。

○ラストでよく分からなくなる
読み進めていくと、理解できなくなってしまった。
それは猪俣くんが千紘の母にスナックの常連のことを尋ねた件について。
なんと性暴力の加害者が実在しないことが判明。
…?

千紘が虚偽を言っていたのか?
真相は分からない。

けれども私はきっと彼女は過去に被害に遭ったのだと思う。
しかし月日が経過してゆっくりと本当に遭った出来事だったのかどうかの境がなくなって曖昧になったのではないか?

どういうこと?と問い詰める猪俣くんはまるで私たち読書の代弁者のよう。
しかし答えはないのだ。

本が裁断されてただの文章たちになり、やがてなくなっていく。
千紘の過去のトラウマもそういう類いなのかもしれない。
過去のトラウマによって今の私は縛られないということに彼女は気づいた。
だからこそ柴田の姿をまだ探してしまうけど、1つ前に進むことができたのだ。

ラストでも猪俣くんの気持ちを弄ぶような描写の千紘にはがっかりしたけれど。

◆さいごに
島本さんの作品は3作品目でした。
傷ついた女性の心の機微を描くのがとても上手な方だと思いました。
個人的にはもう少しスッキリするハッピーな感じで終わって欲しかった。
でも最後は千紘が自分の力で柴田との関係を終わらせたことは、傷ついた自我の回復への第一歩だと思った。
傷はまだ塞がってないけど、前を向いて進もうとする感じが好きでした。

ここまで読んでくれてありがとうございました(*´ー`*)